根っこの話

すっかりSM色の無くなったサイトになって久しいです。
性癖そのものがなくなったわけではないのですが。
ご主人様と逢った時には、色々と楽しんでるわけですし。

もともと、私は自分の性癖をスパンキー(スパンキング好き叩かれ側)だと認識していて、実際一番感じるのは今もそれで。
それを求める過程でSMの世界に迷い込んできたようなものでした。
そんなだったので、最初の主や、チャットサイトでSの人と話をしていて、なにか違和感を覚えることもありました。
ただ、当時のこのサイトによく来てくださっていたS男性さんにオフ会で説明を兼ねてためしに縛って頂いた時には、興味深々で楽しみつつ、不思議に気分が高揚したのを覚えています。
だからこそ、自分のキー以外のM性が否定できなかったのですが。
ご主人様に飼われるようになり、逢瀬を重ねるうち、自分がMであることはさらに否定できなくなっていき…というか、否定する必要もないですが。

キーとMは別物だと思っていたのですが、やっぱり根っこで繋がってるみたいです。
絶対的に上の立場の人に押さえつけられ、普段人に曝さない部分を曝け出され、抵抗も出来ず(しても通用せず)に攻め立てられる…というのが感じるポイントらしく、それはスパにもSMにも通じていて。
結局、別物だと思っていた2つは同じ樹のあっちの枝とこっちの枝だった…という感じ。
11年もサイトをやっていて、今さらそんなことに気付いたのかよ、ですが。
感覚的にはわかりきってたけど、そんな理屈で考えてこなかっただけ、かも。

サイト開設1周年の時に、ご主人様がスパから流れてきた私を「自分探しの中で迷い込んできた」迷い猫だ、と書いていらしたことを思い出す。
それからずいぶん時間がたって、歩んできた道は結局SMに繋がっていたみたいです。
互いの関係もそうですが、性癖も迷いなく骨の髄まで呼び覚まされ刻みつけられたと言っていいのではないかと。

「ご主人様が楽しんでいるのを見るのが嬉しい」というのも本当で、それはそれでM気質だと思うのですが、そういう受け身の部分だけでなく。
縛られたり、いろんな言葉で攻め立てられたり、縄で打たれたりという行為そのものにもどうしようもなく感じてしまう自分を知っていて。
ご主人様相手以外だって、例えばでんじろう先生が鞭を振るう場面ですらキュンと来る自分が、M以外の何かであるなんて、もう考えられないわけで。

迷い猫は、求める関係も性癖もしっかりMでした。
調教された部分もあるでしょうけど、たぶん、元から根っこからそう。
秘めて行かねばならない性癖ではあるけど、それを自覚して持って生きることはそんな悪いことではないでしょう。
ノーマルさんより余分に楽しみ方を持ってるということでしょうから。